免疫系が正常に機能しなくなり、自身のたんぱく質を標的として攻撃してしまう病気のことを自己免疫疾患と呼んでいます。
なぜ自己免疫疾患で自己抗体が産生されるかは、依然として明らかでありません。主要組織適合抗原 (Major Histocompatibility Complex, MHC; Human Leukocyte Antigen, HLA)は、細胞内外のタンパク質が細胞内でペプチドに分解されたものを細胞表面に輸送してT細胞に抗原として提示することで、免疫応答の中心を担っています。一方で、HLAは、自己免疫疾患の罹りやすさに最も影響を与える原因遺伝子として知られていますが、主要組織適合抗原がどのように自己免疫疾患を引き起こすかも明らかでありませんでした。
2014年、自己免疫疾患の根幹を説明する新規メカニズムを当社の共同研究パートナーである大阪大学の荒瀬教授らが発見しました。通常は速やかに分解されてしまう細胞内のミスフォールド蛋白質(変性蛋白質)が、HLAクラスII分子によって細胞外へ誤って輸送されてしまい、そのミスフォールド蛋白質が自己抗体の標的分子であることを世界で初めて明らかにしました。つまり、HLAクラスII分子が細胞内のミスフォールド蛋白質を自己応答性のB細胞に提示することが自己免疫疾患の原因であると考えられました。
感染症などによって産生されるサイトカイン等が、本来は外来抗原提示機能を持たない細胞(血管内皮細胞等)にHLAクラスII分子を異所的に発現させ、その際にHLAクラスII分子が自己タンパク質と異常な複合体を形成し、「ネオセルフ抗原」として細胞表面に提示されるという機構です。従来考えられているHLAクラスIIの機能とは異なり、内因性の構造異常蛋白質をペプチドではない大きな分子のままで細胞表面に輸送し、ヘルパーT細胞を介さずに抗原特異的B細胞を直接活性化し得るという免疫学の常識を覆すような発見をしました。
「ネオセルフ抗原」が起点となり、「ネオセルフ抗体」が産生され、自己免疫疾患が形成されるものと我々は考え、新しい(ネオ)考え方に基づく自己(セルフ)抗原に対する抗体ということから「ネオセルフ抗体」と名付けました。
血栓症や不育症を起こす自己免疫疾患として抗リン脂質抗体症候群(Anti-Phospholipid Syndrome, APS)が知られています。臨床症状からAPSの疑いがあるにもかかわらず、現行の診断法では自己抗体が検出されない患者さんにおいてネオセルフ抗体が高頻度に検出される研究成果が報告され、β2GPIとHLA-DRの複合体に対するネオセルフ抗体の研究が不育症の分野で先行して進んでいます。
さらに最近では、COVID-19の重症化の際に認められる血栓症がAPSの病態に類似していることが示唆されており、感染症へのネオセルフ抗体の関与にも着目して研究を遂行しています。
当社では、ネオセルフ理論をプラットフォームとして、これまで治癒することができないとされてきた各種自己免疫疾患(APS、MPO-ANCA血管炎、1型糖尿病等)に対する治療薬および新規診断薬に関する研究開発を推進しています(特許登録済)。
文献
1) Jin H. et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 2014
2) Tanimura K et al. Blood 2015
3) Arase N et al. Br. J. Dermatol. 2017
4) Hiwa R et al. Arthritis Rheumatol. 2017
5) Matsumoto Y et al. BBRC 2021